番組へのお便り、プレゼントの応募等
郵便番号:030-0965
住所:青森市松森1丁目8番1号
番組へのお便り、プレゼントの応募等:030-8655(青森中央郵便局私書箱88号。なお、一部の番組では郵便番号の案内のあとに語呂あわせで「030のハローゴーゴー」と呼称していたが、最近は語呂あわせを呼称するケースは殆ど無い。)
八戸支社(八戸市) - 県南地域の取材拠点である。当支社の敷地内に八戸ラジオ中継局があり、三八地域に電波を発射している。なお、当支社の独自番組が制作され、一部の時間帯では独自編成がとられている(後述)。
弘前支社(弘前市) - 津軽地方(中南部)を取材対象地域としている。なお、同じ建物には青森放送関連会社の弘前支社・支店も入居している。
かつては同市徒町の第八狩野弘前ビルに支社を置いていた。
むつ支局(むつ市) - 下北地方の取材拠点である。毎年ゴールデンウィーク期間に早掛沼公園(同市内)で行われる「さくらまつり」会場で開催されるカラオケ大会を主催している。
五所川原支局(五所川原市) - 津軽地方(西北五地区)を取材対象地域としている。なお、同じ建物には青森テレビ(ATV)五所川原支局も入居している。
毎年ゴールデンウィーク期間に、芦野公園(金木町)で開催されるカラオケ大会を主催している。かつては、青森銀行五所川原支店に隣接するビルに支局を置いていた。
当支局が入居する建物の屋上には、取材した映像を伝送するためのアンテナがATVと共に馬ノ神山に向け設置されている(RABでは現在ハイビジョンによる取材になったためこのアンテナは使用されていない模様[要出典])。
十和田支局(十和田市) - 上十三地区を取材対象地域としている。毎年春に行われる「さくらまつり」会場(同市内)でのカラオケ大会を主催している。
東京支社(東京都中央区) - 当支社が取材したニュースが青森放送で放送される場合は「RAB東京」のクレジットが出される(通常、関東広域圏の取材は日本テレビが担当している)。
大阪支社(大阪市北区) - 当支社が取材したニュース(高校野球の県内校関連など)が青森放送で放送される場合は「RAB大阪」のクレジットが出される(通常、近畿広域圏の取材は読売テレビが担当している)。
仙台支局(仙台市青葉区)
1950年代初期に宮城県の東北放送が青森県にラジオ局を開局しようとして免許の申請や局舎の建設などを行っていた。これに危機を感じた地元新聞社東奥日報が中心となり、「県民の、県民による、県民のためのラジオ局」をモットーに地元放送局の開局を進めていき、1952年12月24日に株式会社ラジオ東奥発足、1953年8月1日に予備免許が交付された。同年9月30日には株式会社ラジオ青森を設立し、10月12日には周波数1120kHz、出力1kW(夜間500W)で日本27番目の民間AMラジオ局として開局した。
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1954年12月10日 八戸ラジオ放送局(コールサイン:JOGO)開局。
1956年10月1日 青森ラジオ本局の夜間出力増力を実施し、昼夜通して出力1kWで送信。
1956年12月10日 弘前ラジオ放送局(コールサイン:JOGE)開局。
1959年9月14日 テレビサービス放送開始。
1959年10月1日 テレビ放送を開始(開局当時は「ラジオ青森テレビ」という局名だった)。当初はラジオ東京テレビ(現在の東京放送→TBSテレビ)をメインとした編成をする予定であったが、営業面から再考し日本テレビ主体に変更した。このため、JNNにも加わらず、1966年4月にNNNに加盟。
1960年12月 青森ラジオ本局の出力を3kWに増力。
1961年10月28日 株式会社ラジオ青森から青森放送株式会社に社名変更。
1962年10月 青森ラジオ本局の周波数を1230kHzに変更、出力を現在の5kWに増力。
1970年4月1日 テレビでは日本初となるローカルワイドニュース『RABニュースレーダー』を開始(当時は朝の放送であった)。
1971年 ラジオの24時間(終夜)放送を開始(月曜除く)。
1975年3月31日 ANNに加盟、青森朝日放送開局までの間、テレビ朝日とのクロスネット局となった(青森テレビがクロスネットを禁じたJNNに単独加盟すべく、開局以来の加盟ニュース系列だったANNを脱退し、一般番組のクロスネットも解消したことによるもの)。この時、一部放送されていたTBS系の番組が青森テレビへ移行した。
1978年11月23日 全国一斉ラジオ周波数変更が実施され、青森ラジオ本局が1230kHzから1233kHzに、八戸ラジオ放送局が1480kHzから1485kHzに、弘前ラジオ放送局が1060kHzから1062kHzにそれぞれ変更。
1988年に事件や事故で死亡した遺族へのインタビュー自粛を開始。
1990年4月1日 クリアビジョン放送開始
1990年10月1日 音声多重放送(コールサイン:JOGR-TAM)開始。
1991年10月1日 青森朝日放送開局に伴い、日本テレビ系列18局目のフルネット局に。
1995年4月3日「@なまてれ」の前身であり、同局初の夕方情報ワイド番組である「出会いふれあい生テレビ!」開始。
1995年10月 弘前ラジオ放送局の周波数が1062kHzから1215kHzに変更、出力も100Wから500Wに増力。
2001年11月19日 テレビの24時間放送開始。それに伴い、CSチャンネル「NNN24」(現・日テレNEWS24)の放送も開始。